上場準備の過程で、「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」(以下、Ⅰの部と言います)や「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)」(以下、Ⅱの部と言います)の作成にゼロから取り掛かるタイミングが必ず訪れるものと思いますが、それらの書類の各箇所で記載する金額の表示単位について、ある程度の規模がある会社の場合には、千円単位で記載するか、あるいは百万円単位で記載するか、悩んだりすることがあるのではないでしょうか。
まず、それぞれの記載ルールがどうなっているのか、念のため確認しておきましょう。先に、Ⅱの部の記載要領(東証のHPに掲載されています)を見てみますと、冒頭1ページ目(記載上の注意)に「(11)記載する金額の表示単位は、「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」に記載される金額の表示単位を採用し、百万円単位又は千円単位としてください。」とあります。つまり、Ⅱの部については、Ⅰの部の金額表示単位をまず決めてから、それに合わせる、ということになります。
ではⅠの部ですが、Ⅰの部における金額の記載が中心となるのはご存知の通り「経理の状況」であり、経理の状況の開示ルールは、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」(以下、財規と言います)や「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」(以下、連結財規と言います)に則ることとなります。金額の表示の単位に関し、財規の第十条の三や連結財規の第十六条の二では「財務諸表/連結財務諸表に掲記される科目その他の事項の金額は、百万円単位又は千円単位をもつて表示するものとする。」と定められており、その選択については開示する会社の判断に委ねられているとの認識です。
それでは実際に、千円単位と百万円単位のどちらで記載をしていけば良いのでしょうか。ルールが無い中で世の中どのような開示の実態となっているか、過去の他社事例を分析してみることが近道になるのではということで、当社【IPO DB】を活用し、2022年4月以降から直近までの間に東証のプライム・スタンダード・グロース市場へ新規上場を果たした会社又は上場を予定している会社(計260社)を対象として売上規模別・新規上場市場別にそれぞれ区分して集計をしてみたところ、結果は下表の通りとなりました。
(注)「売上高」「当期純利益」の金額は、直前期の財務諸表数値(連結がある場合には連結財務諸表数値)を参照しており、売上規模別区分・新規上場市場区分内で平均値を算出して記載しています。
この過去事例の集計を通じて、以下の点が明らかになったものと思われます。
・新規上場260社のうち、その大半の232社(89%)が千円単位で記載をしており、百万円単位で記載している会社は28社(11%)と数は限られていた。
・百万円単位で記載しているのは売上高が50億円以上の会社の場合に限られ、売上高が50億円未満の会社では百万円単位での記載は見られなかった。
・千円単位で記載しているのは売上高が1000億円未満の会社の場合に限られ、売上高が1000億円以上の会社では千円単位での記載は見られなかった。
・売上高が400億円以上の会社は、百万円単位で記載している会社の方が割合としては多い。
・売上高が200億円未満の会社は、千円単位で記載している会社の方が割合としては多い。
・市場別にみると、プライムへの新規上場会社は百万円単位で記載している会社の割合が多く、スタンダード及びグロースへの新規上場会社では千円単位で記載している会社の割合が多い。
ご参考になりましたでしょうか。もちろん、売上高・当期純利益の金額だけで判断されるものではなく、その他の開示も含めた明瞭性を総合的に勘案することも必要であり、その各社の判断には幅があるものと思われますし、新規上場会社という切り口ではなく上場会社全体の集計をしてみると見え方がまた変わってくる可能性も十分考えられます。
また、新規上場時に千円単位で記載していた会社が、上場後に順調に売上が伸長し、上場して数期間を経て百万円単位の表記へと変更する会社も毎年一定程度見受けられ、上場後に金額単位の記載を見直すことはもちろん可能です。ただ、上場直後のタイミングで変更することは、上場後の実務が十分定着していない中で混乱の原因にもなりうるため、可能な限り避けたいところです。したがって、自社の業績伸長速度を勘案しながら、百万円単位と千円単位のどちらで記載するかを慎重に見極めることも必要と考えられます。
(畠中)