日本証券業協会でIPOにおける公開価格の設定プロセスのあり方等に関するワーキング・グループは1月31日に報告書の案を提示しました。多くの有意義な議論がなされました。また、公正取引委員会は1月28日に「新規株式公開(IPO)における公開価格設定プロセス等に関する実態把握について」と言う報告書を公表しました。独禁法上からの視点で、「優越的地位の乱用」や「不当な取引制限」の可能性を示すと見解を示しています。詳細は割愛しますが、今年の半ばと年末には大きな制度変更になる可能性が高まりました。
過去にも公開価格の算定方法について変更実施が繰り返されて今に至っています。しかし、今回の検討内容は、IPO業界に35年以上関わっている私にとって、疑問がありながらも仕方が無いと思っていた業界慣行をはじめ、これまでにない想像を超えた大きな見直しを開始したこととして画期的な出来事だと思います。
新規上場企業が十分な資金を調達できないとの指摘は、IPO時の公開価格と初値との乖離が大きい会社が多いのは実態としてはその通りだと思いますし、価格を見直すこと自体は良いことだと思います。しかし、変更には単に制度を変更するだけでなく証券会社や投資家の意識改革がどこまで進むかも重要だと思います。
まず、投資家の中でも特に個人投資家についてです。日本におけるIPO時の購入者は個人投資家が多くを占めています。その個人投資家は新規上場株が抽選で購入出来れば儲かると思っている為、募集額に比べて何倍もの応募があります。今後は個人投資家が妥当な価格を判断するための情報を具体的にどの様に提供するのかも合わせて検討する事になります。一方、その際に憂慮するのは、今までの通り募集額を満たされるよう、IPO事態に支障が出無いような妥協点をどの様に探るかです。
もう一つは証券会社についてです。証券会社の視点ではいくつかの問題が生じると思いますが、その1点目についてです。現在、新規上場会社の株式の売れ残りが生じた場合、証券会社が買い取ることになっています。過去、株式市況の急変により、売れ残りを買い取った証券会社は大きな評価損を計上したことがあります。これは大きなリスクの一つです。2点目についてです。今回の見直しに関しては今まで以上に主幹事証券会社の作業量が増える可能性があります。日本の新規上場会社の規模は小さいサイズが多いので、証券会社としては採算が合わず、規模の選別を行うことになるでしょう。また、主幹事証券会社は長年時間をかけて指導し、上場推薦審査も行い、コストをかけています。上場直前でこれらを経ていない証券会社が共同主幹事に算入出来るとすると、ここでも費用対効果に疑問が生じます。さらに、審査的な観点からは、直前に算入する証券会社の新規上場会社の上場適格性審査が十分に行われない危惧も出てきます。いずれにしても、積極的に主幹事を獲得する必要性も感じなくなるのではないでしょうか。他にも、実施までには書き切れないほどの検討事項が残っています。
公正取引委員会は、報告書の最後に「新規上場会社の選択肢が多様化し,自らの事業を成長させていくために必要な資金が調達しやすくなり,市場における成長を促進する環境が整うことで,ひいては我が国の経済全体の活性化につながることが望まれる。」と結んでいます。日本証券業協会の望みも大きな違いなないでしょう。私も大賛成です。ただし、日本証券業協会のWGの報告書案では、「初値と公開価格の乖離については、 公開価格の設定プロセスの見直しにより部分的には 改善すると考えるが、サイズの大きな IPO を増やす、 IPO 後の成長性の高い企業を増やす以外は本質的な解決はないと考える 。」との記載には疑問があります。
サイズの大きな IPOとはどの程度の規模の会社を指すのでしょうか?そもそも日本では対象企業が少ないのが実情です。日本ではIPOをする会社の規模が小さいと言われています。それでもリスクマネーが少なく、また、間接金融の期待が余り持てない中、さらなる成長をするには資金と信用の強化が必要なのです。小さいながらもIPOをすることにより、上場時の資金調達と、セカンダリーの可能性を持つことが出来ます。さらに、信用拡大により、優秀な人材採用の効果も期待出来ます。この循環により日本経済も活性化する方向につながると考えています。今回の検討は一歩間違えるとIPOの阻害になることも考えられます。多くの諸制度や諸法令の変更検討を必要とする部分もあるでしょう。さらに、多くの関係者との妥協点を考えながら慎重な対応を望みます。
(鈴木)