※本項目の内容は、2024年3月31日現在の一般に公開された情報に基づくものです。
※S-1方式と従来方式の日程イメージの比較については、本項末尾の図をご参照ください。
取引所による上場承認前に、IPO予定会社が、IPO時の公募売出のために有価証券届出書を提出する方法を「承認前届出書提出方式」といいます。
承認前届出書提出方式は2023年10月から導入された制度で、米国の制度にちなんで「S-1方式」(エスワンほうしき)と呼ばれることもあります。
1.S-1方式導入の経緯
S-1方式が導入される前のIPOでは、取引所による上場承認時に有価証券届出書を提出する「承認時届出書提出方式」(以下、「従来方式」)のみが採用されていましたが、2022年2月に公表された「公開価格の設定プロセスのあり方等に関するワーキング・グループ」(以下、「WG」)の報告書で、いくつかの問題点が指摘され、その対策として、2023年10月からS-1方式が導入されることになりました。
(注1)現行のIPO制度では、「従来方式」もしくは「S-1方式」を任意で選択することができますが、実務上S-1方式が採用されるのは、ある程度のファイナンス規模の場合であることが予想されます。
なお、従来方式の手続きの詳細については、用語「発行価格/引受価額」をご参照ください。
(注2)WG報告書により、従来方式に関連して以下のような問題提起がありました。
①上場承認日(届出書提出日)から上場日までの期間が約1か月と長い(=価格変動リスクが高まる)ため、そのリスクが公開価格に織り込まれることにより、ディスカウント幅が大きくなっている可能性がある。
→上場承認日以降の手続き期間の短縮化を行う。
②有価証券届出書に記載される「想定価格」は主幹事証券と協議のうえ会社が決定し、「想定価格」が記載された届出書提出後に、機関投資家に対するプレ・マーケティングが実施されている。記載された想定価格は機関投資家に、価格についての先入観を与えている可能性がある。
→発行条件に機関投資家の意見が反映されやすいように、「届出書に想定価格を記載しない」、「機関投資家との時間をかけたコミュニケーションの実施」などの選択肢が必要。
(承認前に機関投資家等とコミュニケーションを行うことは、公開価格決定に機関投資家の意見を反映させることに加え、上場承認後の手続き(ロードショー期間)の短縮化にも有効と考えられます。)
2.S-1方式の日程イメージ
※S-1方式と従来方式の日程イメージの比較については、本項末尾の図をご参照ください。
S-1方式の手続きは、大まかに、以下の2つのステップに分けられます。
(1)上場承認前(上場承認されるかは未確定)
承認前届出書の提出を行い、価格算定能力が高いと考えられる機関投資家や一部の親引け候補先を対象に、予定しているファイナンスについて需要の状況の調査を行います。
個人投資家等の多数の投資家は調査対象には含まれません。
また、調査期間中には、IPOへの申込を行うことはできません。
(2)上場承認後
上場が承認されると、訂正届出書(より具体的な上場日程や発行条件を含む)が提出され、個人投資家・機関投資家を対象とした募集・売出しが開始されます。
日本証券業協会が公表した「IPOにおける公開価格の設定プロセスの変更点・留意点等について」(以下、「留意点等」)によれば、S-1方式でも、上場承認後の「ロードショー〜仮条件決定〜ブックビルディング〜公開価格決定」という流れは、従来方式と同じです。(ただし後述のとおり、必要期間は短縮されています)
3.投資家との十分なコミュニケーション(金商法の届出前規制)
有価証券の募集等を行うにあたっては、会社が事前に有価証券届出書を内閣総理大臣に提出している必要があります。
そのため、IPO時のファイナンスに関連して、上場承認前から時間をかけて機関投資家等とコミュニケーションを行うためには、承認前届出書を提出する必要があります。(金商法第4条第1項、開示府令 第9条第9号)
(注)承認前に、需要状況等の調査のために機関投資家等と行うコミュニケーションを、米国の実務ではTesting The Water(TTW)と呼びます。
4.上場承認日以降の期間短縮のための施策
S-1方式導入時に、以下の施策により、上場承認日以降のファイナンス手続きが短縮可能となりました。(日本証券業協会の「留意点等」によれば、手続き期間は「1か月程度」から「21日程度」へと短縮可能とされています)
(1)振替法131条第1項の通知の前倒し
取引所に株式を上場する際には、株式を証券保管振替機構の取扱い対象とする必要がありますが、そのためには、上場日の約1か月前までに既存株主に所定の通知を行なわなければなりません。
(「社債、株式等の振替に関する法律」(以下、「振替法」)第131条第1項)
従来方式では、情報管理の観点から上場承認日に当該通知を行っており、上場承認日から上場日までの期間(約1か月)を短縮する上での制約となっていました。
S-1方式では、承認前届出書提出後に、振替法に関する通知の前倒しを想定しており、この結果、承認日から上場日までの期間短縮が可能となりました。
(注)上記施策とは別に、通知期間の短縮に係る振替法の改正が行われており、2024年11月末までに施行される予定です。
(2)会社法の募集事項決定の前倒し
有価証券届出書を提出して募集を行う場合、払込期日の2週間前までに募集事項を定める必要があります。(会社法第201条第5項)
従来方式では、募集事項の決定を、機関投資家を対象としたプレ・マーケティング(ロードショー)後に行う仮条件決定時としているため、仮条件決定から上場日まで約2週間を要しています。
S-1方式での募集事項の決定は、機関投資家とのコミュニケーション実施後の上場承認日が想定されており、この結果、仮条件決定日から上場日までの期間短縮が可能となりました。
(3)その他の施策(公開価格決定時の訂正目論見書の交付省略)
従来の実務では、公開価格決定時の訂正目論見書の交付後に申込の受け付けを行っていました。
現在は、S-1方式、従来方式ともに、目論見書に公開価格等の公表方法を記載したうえで、公開価格決定時の訂正目論見書の交付を省略し、公開価格決定から上場日までの期間を短縮することが可能となりました。
5.承認前届出書の記載内容
承認前届出書であってもIPOの届出書の様式は「2号の4様式」です。(開示府令第8条第2項)
ただし、承認前届出書の記載内容には、以下のような特徴があります。
(1)勧誘の対象者の明示(2号の4様式記載要領(1)h、(7)d)
承認前届出書には、以下の事項を記載します。
①上場承認前における当該募集・売出しの相手方→機関投資家等
②当該募集・売出は投資者の需要の状況に関する調査を目的とする旨
③多数の者を相手方とする当該株券の募集・売出しが行われる時期→上場承認後
(2)承認前届出書の記載の省略(開示府令第9条第9号)
承認前届出書では、以下の記載を省略することができます。(実務上は「未定」と記載)
このうち、⑤は承認前届出書のために追加された項目で、発行数(売出数)を記載しないことで、発行総額(売出総額)を株数で除して、想定価格を逆算させない選択肢を追加したことになります。
①発行価格、資本組入額、申込証拠金(いずれも1株あたりの金額)
②申込取扱場所
③引受人(主幹事以外)の氏名又は名称及びその住所
④引受株式数及び引受けの条件
⑤発行数又は売出数及び売出価額の総額
なお、売出総額と異なり、発行総額に関連する情報は、機関投資家から価格に関する意見を求めるための最低限の情報であるため記載を省略できませんが、算定根拠(想定価格等)の記載は不要とされています。(開示ガイドライン5-8-2-2、同5-8-3)
(3)承認前届出書における上場日に紐付く時期に関する記載(開示ガイドライン5-8-2-3)
承認前届出書では、次に掲げる事項について一定の期間の範囲により記載することができます。
① 「申込期間」の欄
② 「払込期日」の欄
③ 株式受渡期日
④ 「発行価格」、「売出価格」、「引受人の氏名又は名称」、「住所」、「引受株式数」又は「引受けの条件」の決定予定時期
6.上場承認時の訂正届出書
S-1方式の場合、上場承認時には訂正届出書を提出します。
訂正届出書では、上場日程や発行条件が、より具体的な内容に更新されます。
また、S-1方式の場合、承認前届出書(2号の4様式)に財務諸表を記載し、当該財務諸表に係る監査報告書を添付する点は、従来方式の承認時届出書と同じですが、上場承認時の訂正届出書にも、財務諸表を記載するとともに、当該財務諸表に係る監査報告書を添付する必要があります。(開示ガイドライン7-2-2)
関連項目:発行価格/引受価額、有価証券届出書、目論見書、ロードショー、ブックビルディング、スプレッド、公開価格決定の範囲について
(参考)S-1方式と従来方式の日程比較
※日本証券業協会「IPOにおける公開価格の設定プロセスの変更点・留意点等について」をもとに作成